法華経の成立過程

大乗仏教の興起

『法華経』信解品第四:仏弟子たちの告白で始まる
「われら、主の説きたもう教理をすべて空・無相・無駿と表象し、それらの教理にしてもあるいは仏国土の寂現にしても、また菩薩や如来の活動にしても、願望することはなかった」
・・・「われらは老いさばらえた」
仏弟子・・・小乗仏教徒虚無的な人生観 → 生きる意欲を喪失

空  (無限定)
無相(無形相) 悟りにいたる三つの門 ・・・三解脱門 → 寺院の門【三門】
無願(無作為)

悟りにいたる三つの門:シャカの教説の要約
事物の真相 空 (無限定)
【三解脱門】 仏教真理の基本構造 無相(無形相)
実践体得すべき境地 無願(無作為)

小乗仏教徒が 「虚無的」 に解釈することが問題
(シューンヤター)




現実の諸々の事物やそれを支えている根拠としての真理(ダルマ・法)をありのままに観察・如実知見した結果

シャカの現実ないし真理観察の態度・・・近代の現象学・実存主義に近似
グラーゼナップ・・・・
(ドイツの仏教学者)
初期仏教における法の観念をもとにしてシャカの立場を現象学的と規定
現象学:モットーは「ものそのものへ
【実存主義】:


一切の独断や前提を廃止、端的に人間の存在そのものを思考
現象学的態度を受けてそれまでの「本質主義」の哲学を批判し生まれた哲学

実存(現実存在)は本質存在に先行する
→ 本質主義にとってかわる
【本質主義】:

現実とは無関係に独断的に本質を前提しそれに帰入することが目的

如実知見」: 現象学・実存哲学に通ずる
シャカ: ありのままの現実観察・バラモン哲学を批判
→ 「諸物・諸法の無情・無我」ないし「相依・縁起」を説きだす

【バラモン哲学】:


宇宙の最高原理としてのブラフマン(梵)
宇宙の内在原理としてのアートマン(我)を設定し、
                  そこへの帰入を強調

「もろもろの事物、ないしそれらを支えている真理はそれぞれ独立・固定したものでなく、あい関係しあって生起し変化するということ」→【

シャカ滅後この教説は2つにわかれる
@


現実の諸存在は関係しあって生起し変化するがそれらを支えている根拠・要素としての真理 「」は現在・過去・未来の三世にわたって実在し不滅【三世実有・法体恒有】
A 現在のみ実在しても過去・未来には実在しない 【現在実有・過末無体】
・・・シャカの根本的立場
シャカ:不動・不滅の本質的実体を立てることを否定・・・大乗仏教徒

Aの変化として「現在においても実在しない」という者の出現
「外に現われた現象としての諸存在のみならず、根拠・要素としての内なる真理も三世にわたり実在せず」
】:


いっさいの無・無に帰する・虚無的解釈


→ 大乗仏教徒は反対
→ 大乗仏教興起の原因
→ 『法華経』の出現
大乗仏教 西暦前後・仏教における一種の宗教改革運動
部派仏教を真理にいたる小さな乗り物として批判

@の考え方: 事物()を要素的に分析・そのはてにおいて【実有】を主演
         →  シャカの根本的態度の反する (A参考)
    同じ・・・・・・【空無】の思想におちいる
            └────────┐    
Aの考え方: 事物()を要素的に分析・そのはてに【空無】を主張
→ 発想法・真理探究の操作の方法は@とおなじ.........
「析色入空観」(しゃくじきにっくうがん「析空観」)
大乗仏教は虚無と解することに強く反発
  シャカの根本精神にそむき仏になる資格を喪失したもの・・【二乗不成仏

二乗不成仏:二乗・小乗仏教徒の二つのタイプ
  ○ シャカの教えを耳にしで悟りに向かうもの ・・・・・・・・・・・・・・・ 声聞
  ○ 一人で人生の因縁生滅するすがたを観察して悟りへと向かうもの
                                ・・・・・・・・・・ 独覚縁覚
ニヒリズムにおちいる → 人生に生きる意味も目的も見失いこの世から消えさり
無に帰することをもって 悟りの境地(涅槃)と考え、現実活動や社会建設の意欲を喪失し、そうした活動に励むものを見ても喜びを感じなくなった          
・・・生けるしかばねたるニヒリスト小乗者
    仏になる火を焦がす..................................
→ 不成仏 (太宰・人間失格?)
大乗仏教徒:小乗教徒のありかた・考え方を批判
  灰身減智・孤調解脱・虚無空見・・・シャカの教えに反するもの・・・当然
  けしんめっち ・ こじょうげだつ ・ きょむくうけん
  ニヒリストに相当することば・・・・ヴェーナイカ・ナースティカ
シャカ: 沙門ゴータマは虚無主義者である
存在するものの断滅・破壊・非有を教えるというかもしれない
しかし自分はそのような者でもなく またそのように説く者でもない
自分は過去においても現在においても苦と苦の滅を悟らせるのである      
(バラモン哲学者の「シャカはニヒリスト」への弁明か?)
断滅論・虚無論を説く者・・・ 当時の自由思想家の代表的タイプ
→ 原始経典の中で外道の最たるものとして批判
   シャカが虚無主義者・教説が虚無主義でない証拠

バラモン: 最高階級の貴族として現実には関心を示さず
ブラフマン・アートマンの最高・絶対の原理に観念をこらし、それを純粋・無雑な本体とし、実在とし、これにたいして現実界は雑多であり、変滅するものとして非現実であり、それゆえに非実在であり、ついに幻影(マーヤー)であるとさえ説くにいたった
.
バラモン哲学: 宇宙の最高原理としてのプラフマン(梵)
内在原理としてのアートマン(我)を設定し、そこへの帰入を強調
.
シャカ出現時 BC500頃  クシャトリア (第2階級・・・王侯・武士)
 ヴァイシュヤ(第3階級・・・商工民) が台頭
 → これらの支持で自由思想家が輩出
自由思想家(現実社会に身をおくものとして)

バラモン貴族の本質主義的な考え方に懐疑をいだく
プラフマン・アートマンの一的・精神的な本質界こそ幻影
現実の多的・物的な現象界こそ実在と主張
「六師外道」(仏教が称する自由思想家の代表的存在6人)



二元論・多元論・感覚論的・機会論的・唯物論的な見解も見え、バラモンの本質主義的な哲学に対する懐疑から縁生的・虚無的な考えにおちいるものも出現
竹林の七賢?)
シャカ: 王族の出身(シヤーキャ族)
説法の中心地・・・マガダ(商工業の発達に伴なって勃興した新興都市)
バラモン階級の考えに反対の態度
「六師外道」の考え方もとらわれた迷いの見解としてしりぞける
               
バラモン・六師外道をともにしりぞけあらためて自ら現実の解明真理の探究を志す
→ 無情・無我・空(縁起)の教説を生みだす
シャカの見解
バラモン哲学の本質主義的な実有論
・・・とらわれた有の思想(常見・有見)
六師外道に見られる虚無的な断滅論
・・・とらわれた無の思想(断見・無見)
両者を越えて法を説く
 ○ 『カッチャーナヤ・ゴッタ』(原始経典)
「 カッチャーナヤよ、


『 いっさいは有である 』とは、これ一辺である。
『 いっさいは無である 』とは、これ第二の辺である。
如来はこれらのこ辺を捨てて、中によって法を説く 」
 ○ 『法華経』方便品第二
「有と無などの邪見の林におちいる」
有・無の思想を共に執見・偏見としてしりぞける
シャカ : 最高・絶対の神・原理・自己あるいは純粋の精神(霊魂)・・・
・・・独立固定した普遍・不滅ものがあると考えることは「とらわれ」「迷い」「常見」「有見」「我見」
これを打破して無上・無我・縁起の説を打ち出す
 無情・無我はすべて変減して無に帰することをいうのではない
 こうした無の考え方は常見・有見の裏がえしにすぎない
 同領域・同次元の迷執の考え「常見・有見」に対置されるところの「断見・無見」

 例えば「死後の存在・世界のあるなしの論議」(シャカの時代に盛んとなる)
           考え方は同じ領域・次元のもの

 シャカはその問いに返答せず(無記答)
           「相手のとらわれた考え方の払拭されぬ限り回答不可」
シャカ: 無情・無我・縁起の教説・「人生は苦である」との強調
すべての固定観念を払うところに真意
「常と無常」・「有と無」・「苦と楽」
・・・これらの諸種の固定的二辺見の突破・超越を究極とする

シャカ: 苦(苦行主義)と楽(快楽主義)の二辺を捨てて「中」による(原始経典)
二辺の突破・超越
発見! 中道の意味

「不二」・「中道」がシャカの目ざした悟りの境地・・・【涅槃】   
明かした存在の実相・真理・それをいいかえたもの・・・【 空 】
【空】・【虚空】: いっさいの限定・辺際を越えた真に無限・絶対な世界の表現
【空】≠【無】

小乗仏教徒: 【空】=【無】と誤解しニヒリズムにおちこむ
シャカの真意をまげ仏教を外道へとゆがめるもの
               大乗仏教はこの点を痛烈に批判

【空】= 【無】として虚無的になることは一般的傾向
【無情】 ・ 【空】はニヒリズムの超越の意味
・ ニヒリズムの突破口とする
・ 理解しがたいこと(【実存主義】の例)
.
  プラトンのイデア論(古代ギリシア)
  キリスト教における神の観念
  カントの物自体の説
  ヘーゲルにおける絶対精神
.





本質主義的考え方が底流
       
ニーチェ 「神は死んだ
     前頁の伝統的考え方をひっくりかえし、西洋哲学に一大転機
     その後フツサールの「現象学」・ハイデッガーの「実存主義」の哲学
【実存主義】:

過去の本質主義に対する懐疑・否定に端を発する
ニーチェのニヒリズムが媒体

シャカがバラモンの本質主義を懐疑・否定した時に「六師外道」のニヒリズムが「介在」していたことに酷似・・・ニーチェ自身指摘

【実存主義】: 本質主義に対する絶望  → ニーチェのニヒリズム
・・・・

→ 真の絶対的なよりどころを発見
→ 絶望・虚無をのりこえる
・・・・至難のわざ
 ・・・・成功は疑問視
成功したのではなく 現代の虚無的な世相を反映したもの
絶望の哲学・虚無の底深く沈んだものとの評価

現代は素朴に神を信じた時代に戻ることは不可能
「神に対する絶望を通して、新たに神を見出だす道」しか残されず
・・・シャカの時代と同じ
それゆえシャカの教説がしばしば絶望的・虚無的に響く
シャカ自身は絶望・虚無を克服して救いの福音をもたらし
希望の光明をさし照らすことに成功したものと自負・宣言
【空】: 言葉としては虚無的    
バラモンの本質主義抑な考え方に否定を貫く
真の絶対的なよりどころ・在り方を開示したもの・大乗仏教のいわんとするところ
大乗仏教 : 【空】の原理・真意を確立 → 経典編集作業に着手開始
. 広辞苑 ..
【実存主義】



人間の本質でなく個的実存を中心に置く科学的方法によらず人間を主性的にとらえようとし人間の自由と責任を強調し個性的認識には不信を持ち実存は孤独・不安・絶望につきまとわれていると考えるのがその一般的特色
【観念論】・・



物質にたいして観念的な根源性を主張する立場
イデアや宇宙的な精神を世界の根源とする形而上学説
物質的世界の客観的実在性を否定し、世界は個人の主観の観念にしかすぎないと見る立場
【唯物論】・・









精神に対する物質の根源性を主張する立場
したがって物質からはなれた霊魂・精神・意識を認めず、意識は高度に組織された物質(脳髄)の所産と考え、認識は客観的実在の脳髄による反映であるとする
古くインド・中国にも見られる
西洋では古代ギリシア初期の哲学者達以来、近世の機械的唯物論
(特に18世妃の英・仏の唯物論)を経てマルクス主義の弁証法的
唯物論にいたるまでさまざまな形態をとって哲学史上絶えず現われている
【唯心論】・・

世界の本体を精神的であるとする立場
形而上学の一立場
【ニヒリズム】


真理や道徳的価値の客観的根拠を認めない立場
古くは老荘の哲学・仏教の空観・近代ではニーチェ
伝統的な既成の秩序や価値を否定し生存は無意味とする態度
.
.つづく