戦後日本の三つの「神話」
堺屋太一
文芸春秋 1994 2月号
14年前・・・今でも新しい

 戦後の政治体制は、三つの「神話」に支えられていた。
 第一は、「アメリカは日本を見捨てられないし、日本もアメリカから離れられない」という「日米不可離の神話」。
 第二は、「自由民主党以外に政権を担当する能力を備えた政党は存在しない」という、「自民党永久政権神話」。
 そして第三は「政治が混乱停滞しても優秀な官僚に任せておけば大過なくやってくれる」という、「官僚信頼神話」である。

 これら三つの神話は、現実にも成り立っていたし、成り立つ根拠もあった。世界に冷戦構造が存在する限り、西側資本主義陣営の盟主として東側社会義陣営と対抗するアメリカは.日本のような重要な戦略的位置にある国を放棄することができない。日本の方も、資源の乏しい狭い国土で繁栄と安全を保つためには、自由貿易と海上輸送の確保が必要だが、それを保障できるのはアメリカ以外にない。日米両国は、最も基本的な部分で互いを必要としていたのである。

 だとすれば、日本の政権が「自由社会を守る」ことを党是とする唯一の政党、自民党に委ねられるのは必然だろう。西側に属さねばならない日本で、「社会主義革命を目指す」党綱領を掲げた社会党や共産党が政権を担当することはあり得ないし、あるべきでもない。政界の「五五年体制」は冷戦構造のミニチュア版だから、「日米不可離の神話」が信じられるに従って、「自民党永久政権神話」の信者も増えた。
 対外政策において、「西側の一員」「アメリカ追随」を国是とした戦後日本は、全力を経済の成長と生活の向上に注いだ。そのために採られたのか供給者の保護育成政策だった。
これは明治政府の内政基本政策である「殖産興業」の反復であり、タテ割り官僚組織が最も得意とするところでもある

 そのことをいち早く察した自民党は、それにふさわしい政権基盤を築いた。
各供給者分野別に組織された官僚機構の政治手続き下請け組織となって、各分野の供給者保護育成政策を推進すると共に、供給者集団からの支援を受ける体制である。
建設業界や重化学工業はもちろん、金融や中小商店、農業漁業、医師、薬剤師、学校の経営者や管理者まで、全ての供給者を保護育成する政策を採り、議員たちが、「族議員」に分かれてそれぞれの分野の面倒を見る体制を敷いたのである。

 この結果、日本では各業界への新規参入は困難になり、個性の発揮と選択の自由は制約されたが、規格大量生産の拡大各種組織の安定を確実にすることができた。このため、各企業や団体も安定した拡大を続け、その組織の従業員には終身雇用年功序列を適用する日本式経営が確立された。戦後日本型の「政、官、業の癒着」構造である。

 これなら、政治が混乱停滞していても官僚が大過なくことを進められたのも当然だ。
対外政策における「アメリカ追随」と国内政策での「供給者保護育成」が疑問なく支持され、相互に矛盾しなければ、政治が決断しなければならないような重大な問題はあり得ないからである。

第三の神話」も消えたのか?

 ところが、今や世界の冷戦構造は消滅した。東側陣営が崩壊しただけではなく、西側陣営も解散になってしまった。去年発足したクリントン政権が重視しているのは、世界新秩序の形成よりも財政赤字の削減である。アメリカも、国内の経済と福祉を優先する「普通の大国」になろうとしている。

 そんなアメリカにとっては、日本を繋ぎ止める必要はない。
いやそれどころか、日本の追随を迷惑に思い始めている。今や、「日米不可離神話」は信じられなくなった。それを反映して、日本の政界でも冷戦ミニチュア版の「五五年体制」が瓦解し、「自民党永久政権神話」も吹っ飛んだ。「社会主義革命を目指す」ことが絵空事の目標にすらならなくなった現状では、敢えて「自由社会を守る」必要もない。
昨年の衆議院選挙で、自民党が分裂して過半数を失い、社会党が半減近い大打撃を受けたのも、必然だったかも知れない。

 もう一つ、ほぼ同じ頃から重大な変化が日本ではじまった。バブル景気の崩壊を契機に、日本経済の成長構造が喪失したことである。

 敗戦直後の極端なモノ不足から出発した戦後の日本では、消費の面でも住宅や社会資本の面でも、モノの供給を増大すれば国民が幸せになる、と信じられていた。だからこそ、モノ供給を増大する供給者保護育成政策が容認され、将来のモノ供給を拡大する成長政策が支持された。

 ところが、一九八〇年代に入る頃から日本の生産力は需要を上回るようになり、貿易黒字が定着する。それに伴って政府も、内需拡大・生産抑制の政策を採らざるをえなくなった。コメの減反や輸出自主規制の拡大がそれである。

 これらは、内政の基本方針だった供給者保詳育成とは矛盾する。それを官僚機構は、自らの権限と予算の拡大によって行おうとして、金融の緩和と公共事業の拡大と行政指導の強化に走った。だが、その結果は実需よりも投機に資金が集まるバブル景気だった。バブル時代の不祥事 ── 証券会社の損失補填や過剰な土地投資とそれに対する巨額融資など ── に、官僚の指導や関与があったといわれるのも不思議ではない。

 バブル景気の崩壊は、官僚主導型の景気振興や内需拡大だけでは需給の均衡が回復できないことを示している。消費者大衆の犠牲によって国内価格を高くし、すべての供給者を保護育成する内政の基本方針自体が疑わしくなって来ているのである。
 そうだとすれば、第三の神話「官僚信頼神話」も問い直す必要がある。
アメリカ追随」と「供給者保護育成」という二大基本方針が矛盾なく両立した状況の下で有効に機能した日本の官僚の倫理と能力が、条件の変わった今後も機能し評価できるとは限らないからである。

 これは、これまで再三書かれて来た各官庁の政策や行政手法の問題ではない。組織としての官僚機構の倫理と能力の問題であり、官僚機構の中に国家国民のニーズに対応しようとする正義感創造力変革機能が存在するか、という問題である。

清潔と有能を疑わせる事件の数々

日本の官僚は優秀だ」といわれる。
だが、その理由は、戦後の日本が経済成長に成功し治安の維持や教育の普及の点でも優れた国になったという実績論と、官僚の上層部は入学試験の難しい東京大学などを卒業、公務員試験でも優秀な成績を修めた人々だという試験成績、の二つだろう。

 しかし、前者は世界の冷戦構造と日本経済の成長構造の中で上げた実横であり、後者は試験上手を証明するに過ぎない。試験は出題者の隠している答えを当て合いするゲームだから、記憶力と忍耐力を試すことはできても、判断力や創造力を測ることはできない。ここでは、そうした先入観を取り除いて

、官僚機構の能力と倫理を見直すとすれば、
  情報の収集と加工評価が正確にできる情報力。
  国際政治や経済を見通す先見性。
  政策や行政の必要性を訴える説得力。
  行政事務を迅速かつ確実に執行する事務能力。
  変化に対応する創造力。
  国家の利益に合致した総合調整を行う調整力。
  個人や組織の利害に捕らわれず国家利益に忠実な倫理性。
  悪しき状況を消滅し良き状況を拡大する自浄機能…
    …等を、判定してみることが必要だろう。

 実はこの四年間、冷戦構造の消滅とバブル景気の崩壊が進み出してからの状況を見ると、これらの諸要素で日本の官僚機構の倫理と能力を疑わしめる事件がかなり多い。国際間題ではもちろん、国内の景気予測でも情報収集の不足と評価の誤りが多い。重要な政策の実施に当たっては国民を説得できず、時の内閣が辞職したことも珍しくない。まして外国に日本の主張を説得した例はごく少ない。

 公共事業は諸外国の何倍も時間と費用が掛かる。欧米では日常的に行われている一般入札が、日本では事務的に困難だという。経済社会の変化に対応した組織や政策は生まれず、不要になった組織や制度も容易に廃止できない。各省各局の既得権に捕らわれ、公共事業の配分を変えることも、規制緩和を行うこともできない。

 何よりも重大な疑問は、官僚が組織としても個人としても、各省各局の利害と立場を越えて、国家国民全体の利益を考える倫理を備えているか、あるいはそうした倫理を備える方向に作用する自浄機能を備えているかである。

 今日、日本の官僚が、押し並べて見れば、政治家よりも個人的な経済利益に関して清潔なことは認められるだろう。だが、彼らが自己の属する組織(各省庁)の利益を重んじるあまり、国家国民にとっての利益を考える倫理を失っているのではないか、と思われる節が少なくない。
一つの政策目標を遂行するに当たって、他の活動の妨げになることを少なくしなければならないとは考えていないように見える。もし、そうだとすれば、「官僚倫理の頽廃」としかいいようがない。
もしそれが、予算の増大と権限の強化を通じて天下り先を増やそうという意識に繋がっているとすれば、組織的腐敗でもある。

 かつて日本人は、この国の高級軍人が有能で国家に忠実だと信じた。このため、金銭疑惑に腐敗した議会政治家を排除して、彼ら軍事官僚に政権を委ねた。だが、当時の軍人には、自己の属する組織(軍)の利益にだけ忠実で、国家全体の利益を追求する大きな正義感が失われていた

 今日の官僚にも、同じ危険はないだろうか。
もしそれがあったなら、日本は「第二の敗戦」に陥る恐れもある。
真の権力者は批判されることが少ない。
日本では、権力の乏しい政治家は常に批判にさらされているが、権力を持つ官僚は批判されることも少ない。本稿においては、具体的な事件を取り上げて、これまで問われることの少なかった官僚の能力と倫理を問い直そうと試みてみた。


てた事件」 堺屋太一 『日本を創った12人』より
・・・前章で述べた「光源氏」型の貴族像の表裏となって、今も日本的権力機構・統治機構のあり様に尾を引いている。今日も日本社会においては、総理大臣や各省大臣よりも役所の局長の方が実権がある。いや局長よりも本当に実権を持っているのは課長だ、というような例は実に多い。
それどころか、上の人はなるべくあまり細かいことを知らない方がいい、最高首脳はシンボルであるべきで、実権はそれぞれの実施機関に任せる方が正しいやり方だ、という発想さえある。
現在の日本政府はこの伝統を正確に継承しており、大臣は官僚の書いたものをただ読むだけ、大臣が読み間違えたら「けしからん」と官僚はいう。


例えば、海部俊樹内閣の時には「てた事件」というのが起こった。「消費税を改革すべきだ」という野党からの質問があった。食料品などの消費税には軽減税率を適用してはどうかなど、いろいろな議論があったのだ。
その時、海部総理大臣は、大蔵省の担当官から渡されたメモに「消費税は思い切っ見直しをする」と書いてあったのに、意図的にか間違えてか、「消費税は思い切っ見直しをします」と答弁してしまった。「」と「」が違ったので「てた事件」と呼ばれる。

思い切って」と「思い切った」では意味がかなり異なる。
大蔵官僚が書いた「思い切って見直しをする」は、「消費税は変えた方がいいか、自分としてはいろいろ迷っているが、思い切って見直しをする」ということだから、そんなに大きく変えないかもしれない、とも取れる。

ところが、海部さんのいった「思い切った見直しをする」となれば、相当大きな見直しをする、大幅に変える、という言質を与えたことになる。

一介の総理が・・・・・

大蔵官僚は怒った。
某幹部は「一介の総理が担当官庁の書いた表現を読み間違えるとは何事か」といってしまった。まさしく「一介の官僚」が「一介の総理」という言葉を口に出したのである。普段から高級官僚の抱いている感情がつい出てしまったのであろう。

日本という国では、大蔵官僚に限らず、各企業でも「一介の社長」といいたいところが沢山ある。
たとえば総理大臣といえども、下部の各分野の専門家のいうことは通してやらないとならない。企業でも大組織となると、トップは下の方で詰めた考えの通りにするのがごくごく当たり前になっている。下に逆らわず、「なるほど。きみたちはよくやってくれた。私はその通りに読むよ。分かった、分かった」というのが大物といわれ、日本では尊敬されるのである。
・・・・・
中略
・・・
頼朝は、武家政治、武士社会を最初に創ったという意味でも、日本史上できわめて重大な人物である。
同時に、そのことによって行政権宗教権から完全に分離したことも見逃せない。
つまり律令制の「二官」のうち「宗教官」の方は、実質政府である鎌倉幕府には置かなかったのだ。その点でも非常に大きな改革者である。